6月 20

斎理屋敷へぶらりひとり旅(3)

次に向かったのは「業の蔵」です。

1階にはいろいろな農機具や奉公人を含む屋敷中の人の食事を作るための調理用品など展示してありました。
大勢のご飯をつくらないといけなかったから大変だったと思います。

2階は帳簿や古銭など展示してありました。

隣の「住の蔵」はどんなものを展示してあるのでしょうか?
向かいます。

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ここは昔、男子の奉公人の住まいにも使われていたようでした。

2階に上がると壁にはそうした奉公人が書いたと思われる落書きが多数見受けられました。

南側にはふみ机。
両壁は2段ベッドのようになっていました。

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展示物の中で1つ心に残ったものがありました。

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貧しい者に対するダンボの優しさが感じられました。

でも、ただ無条件に小遣いとしてあげるのではなくあくまでも労働の代価として置いてあった点が粋な取り計らいだと感じました。
そういう事から労働の大切さや他人への優しさを学んだと思います。
それにあくまでも労働の代価だからよけいな気も遣う事もなかったと思います。

割と若いボク(実際は中年オヤジですが)が書くのも変ですが、昔の日本人の心は温かかった。

昔の医者も貧しいものからは治療費を取らなかったとか。
昔の学校の先生は貧しい生徒がいて弁当を持ってこられない生徒がいるとこっそり机の中に食べ物を入れてあげたりと。
確か宮沢賢治の作品にそのような事が書いてあった気がします。

昔の日本人は貧しくても今の日本人よりも心は豊だったのではないでしょうか?

今の日本では教師が女子学生を隠し撮りしたり、情けなくなります。
なんでこんな風になってしまったのでしょうか?

日本の良き伝統が薄れていくことはとても残念です。

それでも今回の震災の時も明らかになりましたが、他の国民と比べればまだまだ今の日本人も捨てたものではありません。
多くの人が大変な時も辛抱強く秩序を守りました。助け合いました。

そして日ごろから強要されなくても気が付けば誰かが掃除をし道もきれいに整えられています。

最近自分も日本人であることを誇りに感じます。

次は「新屋敷」です。

洋風の建物になっています。

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とても美しい建物です。

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暖炉もすばらしいです。

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1階はダンボが趣味で集めたいろいろな物が展示されてあります。

目を引いたのは。

自動車解像度

仕様

OTOMO製の自動車です。

OTOMO社って今は廃れてしまったのでしょうね?
仕様書とカタログまで残っていました。

なんでも丸森町では病院の次に買ったのだとか。

今でももし残っていたらすごいかったです。

なかなかレトロでかっこいい。
スーパーセブンに似ています!

でも当時は舗装されていなかったから乗り心地は最悪だったそうです。

2階は当時の街並みが再現されてあり、当時の写真も多数見られました。

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昔の消防車。

 




Posted 6月 20, 2013 by cheshirecat in category "宮城県

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